西山の雲

田畑や海で食糧を得ていた昔の人は身近な自然の姿から天気を読む独自のすべを持っていることがある。父の故郷で、子供のころの父を知っていたもう数少ない親類の一人だった老人は、雷雨になる印を教えてくれた。西山と呼ばれる小高い山に暗い雲がかかったら雨になるのだった。それは不思議なほどよく当たり、空全体が暗くなっても西山の上が明るければ雨は降らない。わかりやすくて便利な知恵だった。

父方の実家は北関東の小さな市で、山に囲まれた盆地はだいたい温暖だったが、夏場の雷は非常に激しかった。夏の西山の雨雲は、その激しい雷雨を意味した。遠雷が聞こえると、間もなく地響きのするほどの雷鳴が起き、強烈な光が部屋の奥まで射す。落雷はしょっちゅうで、家電や建物の被害も起こる。雷が鳴り出すと、地元の人間は皆、建物の奥に引っ込んでひっそりとそれが過ぎるのを待った。

西山の雲について教えた老爺が、昔は雷は馬に落ちた、と話したことがあった。農耕用にどこでも飼われていた馬が、馬小屋の中で焼け死んでしまうことがあるのだと。それを聞いた時の理屈抜きの恐怖を、今も雷鳴を聞くと不意に思い出す。

 

July,2016

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